Senior Researcher
Takanori Shima
RESEARCH
エネルギー消費を抑えた温和な条件下で、ありふれた資源(窒素分子や一酸化炭素などの小分子)を利用した新しい反応開発を目指して、これまであまり研究が進んでいなかった多核金属ヒドリド錯体(クラスター)を合成し、それを用いた小分子活性化反応の研究に取り組んできました。多核ヒドリド錯体を用いることで、複数の金属―ヒドリドサイトの協奏効果によってユニークな反応、困難な反応が達成できると期待されます。以下に最近の研究テーマおよび概要について示します。
チタンヒドリドクラスターの化学
窒素分子・芳香族の活性化:チタンヒドリドクラスターを開発し、常温・常圧で窒素分子を切断、水素化することに成功しました(図1左)。反応機構について理論計算も含め詳細に検討し、本反応では、特殊な電子剤やプロトン源を必要とせずに、チタンヒドリドクラスターのヒドリド原子(H–)が、電子源(e–)およびプロトン源(H+)として働くことを明らかにしました。
また、チタンヒドリドクラスターを用いた常温でのベンゼン環の炭素-炭素結合の切断と骨格変換(図1右)、ピリジン類の水素化脱窒素反応なども実現し、多金属ヒドリドクラスターの新領域を拓きました。
窒素分子からのニトリル変換:チタンヒドリドによる窒素分子の活性化で得られた四核チタンイミド/ニトリド錯体がカルボン酸塩化物と温和な条件で反応し、様々なニトリル化合物を選択的に与えることを明らかにしました(図2)。反応で生じたチタン塩化物は、再び原料としてリサイクルできることも判明しました。
希土類ヒドリドクラスターの化学
COからエチレン生成:四核希土類ヒドリドクラスターを開発し、一酸化炭素との反応によって、常温・常圧で炭素―酸素結合切断、炭素―炭素結合形成を経て、エチレンに変換することに成功しました(図3)。また、カルボニル錯体との反応を通して、炭素-酸素結合の切断プロセスを明らかにしました(図4)。
異種多金属ヒドリド錯体の水素吸蔵特性:希土類とd-ブロック遷移金属を含む化合物は、例えばLaNi5などの合金に代表されるように比較的高い水素吸蔵能力を有していますが、その水素吸蔵プロセスを解明するのは容易ではありません。希土類金属とd-ブロック遷移金属を含む混合型多核ヒドリドクラスターを合成し、可逆的に水素を付加脱離することに成功しました(図5)。またこの単結晶に室温で水素を付加すると、結晶状態を保持したまま水素と反応することをX線構造解析で明らかにしました。
後周期遷移金属ヒドリドクラスターの化学
異種多金属ヒドリドクラスター:異なる遷移金属を含む異種多核ヒドリドクラスターは、金属間の電子的な異方性により同種の多核クラスターとは異なる反応性が期待されます。しかし、その系統的な合成・反応研究はあまり進んでいませんでした。これまでに、異種二核ヒドリド錯体 Cp*Ru(m-H)3IrCp* (Cp* = h5-C5Me5)をはじめ、多くの新規二核、三核ポリヒドリドクラスターの系統的な合成に成功しました。オレフィン類との反応では金属間の明確な機能分担が達成されていることを初めて明らかにしました(図6)。
メタセシス反応を利用した分子ジャイロスコープの合成
2016年のノーベル化学賞に見られるように、分子レベルの機能性材料である分子マシンは、工業から医療など多くの分野で将来の活躍が期待されています。特に回転機能を有する「分子ローター」は、様々な用途への展開が期待される重要な「ナノマシン」です。これまでに、構造・機能が実物と類似した分子性ジャイロスコープの合成に成功しました(図7)。この合成には、中心金属のアキシアル位に配位した2つのホスフィン配位子のアルキル置換基末端にオレフィンを用意し、分子内オレフィンメタセシス反応を利用することで、相対的に動いていない「固定子」を構築しました。本反応プロセスを様々な遷移金属錯体に応用し、数々のユニークな分子ジャイロスコープ錯体の合成に成功しました。